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読書は本当に「役に立つ」のか:三つの価値軸から考える知的成長の意味

デジック次世代教育研究所 Updated:2025.09.03 読み終える目安:10分
   
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目次

  1. はじめに
  2. 第一の価値軸:「社会的地位」とリソースの関係
  3. 第二の価値軸:個人が育める「知的成長」
  4. 第三の価値軸:多様な価値観による「幸福の追求」
  5. 事例研究:成功者の読書パターン
  6. 本稿の限界と今後の課題
  7. むすびに:三つの発見と読書の真価
  8. 参考文献

Abstract

This review challenges the oversimplified view of reading as either "useful" or "useless" by introducing a three-part framework to understand its value. The study explores how reading affects three key areas: social status, intellectual development, and personal happiness. Using research from education, economics, and psychology—including studies of successful entrepreneurs' reading patterns and links between reading and academic success—this analysis shows that reading's main benefit is not immediate practicality but rather building critical thinking and decision-making skills. The findings argue that instead of seeing reading as merely a tool, we should appreciate its essential role in helping people think independently and maintain intellectual freedom in today's complex world.


1. はじめに

「読書って本当に意味があるの?」この素朴な疑問を抱いたことはないだろうか。筆者自身、研究を始めた頃から今に至るまで、この問いと向き合い続けている。書店に行けば「読書で人生が変わる」といった本が山積みになっている一方で、現実を見渡すと、本をたくさん読んでいるのに思うような結果を得られない人がいる。逆に、ほとんど本を読まないのに社会的に成功している人もいる。

この矛盾をどう理解すればいいのだろう。もしかすると、私たちは読書の価値について、あまりにも単純に考えすぎていたのかもしれない。本稿では、読書の効用を「社会的地位」「知的成長」「幸福の追求」という三つの異なる価値軸から検討したい。それぞれの特性と相互関係を分析することで、読書の真の意義を探ってみたいと思う。この視点から「読書」を検討することで、読書を愛する人も、そうでない人も、より納得のいく答えが見つかるかもしれない。

2. 第一の価値軸:「社会的地位」とリソースの関係

まず認めざるを得ないのは、人間社会には確かに一種の「階層構造」が存在するということだ。この階層における各人の地位は、その人が持つリソースによって大きく左右される。ここで言うリソースとは、金銭だけでなく、権力、強固な社会的関係、希少な技術、際立った美貌、影響力のある名声など、実に多様だ。こうしたリソースを多く持つ人ほど、社会的により高い地位を占めることができる。しかし、だからといって「他のことはどうでもいいから、とにかく社会的地位を上げることだけを考えろ」と教える学問は存在しない。それはなぜだろうか。

その答えの一つを、コーネル大学の経済学者ロバート・H・フランクの研究に見ることができる。彼は著書『成功する人は偶然を味方にする』において、いわゆる「成功者」たちの「成功」は、才能や努力だけでなく、実は大部分が運に左右されるという驚くべき研究結果を示している[1]。具体的には、生まれ育った家庭環境、適切な時期に適切な業界を選んだタイミング、重要な人物との偶然の出会いなど、本人がコントロールできない要素が成功に決定的な影響を与えているのだ。この研究結果は、衝撃的だった。なぜなら、それまで「努力すれば報われる」という前提で物事を考えるのが常識だったからである。

しかし、よく考えてみれば納得できる部分も多い。同じ能力を持った二人がいても、一方が景気の良い時期に就職し、もう一方が不況期に就職すれば、その後のキャリアには大きな差が生まれる。また、どんなに優秀でも、自分の専門分野がたまたま社会から求められなくなれば、思うような成果を上げるのは難しくなる。このように考えると、優れたリソースを持つ人々が皆「真の成功者」と呼ぶに値するかどうかは疑問である。むしろ、運に恵まれた人と言う見方も事実であるとロバート・H・フランクの研究が示してくれた。

3. 第二の価値軸:個人が育める「知的成長」

社会的地位の向上が困難である一方、個人が比較的コントロールしやすい別の価値軸が存在する。それは「知的成長」である。ここで言う「知」とは、単なる知識の量ではなく、世界に対する正しい認識力、人生に対する合理的な設計力、そして何が本当に価値あるものかを見極める判断力—つまり「世界観・人生観・価値観」の総体を指す。「知」はリソースとは本質的に異なる特徴を持っている。リソースは相続や譲渡が可能で、時には生まれながらに持っていることもある。しかし「知」は違う。それは一人ひとりが時間をかけて育てていくものであり、他人から直接もらうことはできない。

読書は「知的成長」を促す最も効率的で実践的な方法の一つなのだ。文部科学省の調査によれば、「親の年収や学歴が低くても学力が高い児童の特徴は、家庭で読書や読み聞かせの習慣があること」と報告されている[2]。ただし、慶應義塾大学の中室牧子教授が指摘するように、これは読書と学力の相関関係であって、必ずしも因果関係を意味するものではないことに注意が必要だ[3]。それでも、読書習慣のある子どもとない子どもの間には明確な差が見られる。ベネッセ教育総合研究所の調査では、読書量の多い子どもは成績上位が多い傾向を示しており、理解や思考、表現などが得意だと、自分に対して自信を持っていることが分かっている[4]。

重要なのは、知的成長は比較的に個人でコントロールしやすいということだ。読書にも確かに才能や環境の影響はあるが、社会的地位を向上させることと比べれば、はるかにハードルが低く、時間的・金銭的コストも少ない。図書館に行けば無料で本を借りることができるし、今ではインターネットという選択肢もある。

さらに、知的成長レベルの高い人は、他の価値軸においても自分なりの居場所を見つけるのが上手だということだ。たとえば、リソースは多いが知性が低い人の場合、その状況は不安定になりがちだ。アメリカでは宝くじの高額当選者が数年以内に破産してしまうケースが後を絶たないが、これは金銭面のリソースが急激に増加したものの、それに見合う知性が追いついていない典型例と言える。逆に、知性が高いがリソースが少ない人は、それほど悲観する必要はないだろう。機会が与えられれば状況は好転する可能性が高いし、次世代に適切な教育を施すことができる。実際、教育熱心な家庭の子どもが高い学力を示すことは、多くの調査で確認されている。

4. 第三の価値軸:多様な価値観による「幸福の追求」

社会には第三の価値軸も存在する。それが「幸福」だ。「私は大きな成功も深い学識も求めない。ただ自分の好きなことをして、ささやかな幸せを大切にしていきたい」という生き方もその一例だ。この価値観も同様に尊重されるべきものだと思う。実際、現代社会では一般の人々がもともとかなり自由な立場にいる。特に先進国では興味深い現象が見られる。生活水準の高い人々はリソースが豊富で自由度が高く、そうでない人々も社会保障制度によって基本的な生活が保障され、ある意味で自由だ。むしろ中間層こそが、一日中働きづめで時間に追われ、名目上は自由でも実際にはそれを享受する余裕がない状況にある。

心理学者マズローの欲求段階説では、最高段階を「自己実現」としている。しかし現実を見ると、この自己実現は実際には社会的地位と密接に結びついている場合が多い。たとえば、ある政治家が退職後に回想録を出版したり、成功した経営者が慈善活動に力を入れたりするのは、自己実現と社会的地位の向上が高いレベルで融合した状態と言えるだろう。なお、社会的地位の追求に伴うリスクについても考えてみたい。18世紀の経済学者アダム・スミスは既に、富と名声の過度な追求に警鐘を鳴らしていた。彼が指摘したのは、社会的地位の追求は「正のフィードバック」のゲームだということだ。つまり、どれだけ富や名声を得ても、その先には常により大きな目標が待っている。この正のフィードバックのゲームは依存性があり、地位が高い人ほどより多くの「刺激」を必要とし、最終的には満足できない状態に陥りやすい。これが地位向上に伴う代償だ。高い地位を得るためには、多大な努力と様々な犠牲を払わなければならない。時間、健康、人間関係、趣味—これらを犠牲にしてまで地位を追求することが本当に価値あることなのか、慎重に考える必要がある。


図:マズローの提唱する欲求の階層を表現したピラミッド

図:マズローの提唱する欲求の階層を表現したピラミッド
By J. Finkelstein, CC BY-SA 3.0



もちろん、ある程度の向上心は必要だろう。しかし、過度な追求は幸福という観点から見ると割に合わない場合が多い。どこかの時点で立ち止まって、自分の本当にやりたいことに時間を使う方が賢明であると考える。

一方で、純粋に地位や名誉を追求するのではなく、自分が心から価値があると信じる事業に取り組みたいと願う人々も多い。現代の幸福研究では、このような状態—「自分よりも大きな何かに参加する(be part of something bigger than yourself)」ことが最高級の幸福をもたらすとされている[5]。つまり、最も充実した人生とは、意義深い事業に取り組む機会を見つけ、その過程で幸福を感じながら、結果として社会的地位も向上させることだという。そして、そのような「大いなる事業」を成し遂げるために、知的成長は欠かせない要素なのだ。だからこそ、本を読むことに価値があると言えるのである。

5. 事例研究:成功者の読書パターン

本稿を進める中で、興味深いデータに出会った。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは年間50冊以上の本を読む「読書の鬼」として知られているが[6]、実は多くの著名な起業家にも同様の傾向が見られるのだ。

サーブコープが行った起業家300人への調査によると、約6割の起業家が読書習慣を持っているという[7]。さらに驚くべきことに、年収の高い人ほど読書量が多いという相関関係が確認されている。ビル・ゲイツやウォーレン・バフェットなどの大富豪の読書量は、年収300万円の人の38倍にも達するという報告もある[8]。ビル・ゲイツは単に本を読むだけでなく、本に積極的にメモを書き込み、重要な部分にはマーカーで印をつけ、読後には詳細な書評を書いている[9]。これは単なる知識の吸収ではなく、能動的な知的作業と言える。なお、注意すべきは、これもあくまで相関関係であって因果関係ではないということだ。読書をしたから成功したのか、成功したから読書をする余裕ができたのか、この点は慎重に検討する必要がある。

一方、起業の初期段階では、多くの本を読む必要がないという興味深い事実もある。重要な局面で最も必要なのは、複雑な意思決定よりもむしろ実行力であり、単純明快な判断が功を奏する場合もあるからだ。しかし、事業が成長し、扱う問題が複雑になるにつれて、やはり読書の重要性が増していく。

アメリカの作家F・スコット・フィッツジェラルドの有名な言葉がある。「一流の知性とは、二つの相反する考えを同時に心に抱きながら、正常に行動できる能力で判断される」[10] 。現実の世界では、多くの原則が互いに矛盾している。運が大切か、努力が大切か。安定を重視すべきか、変化を求めるべきか。効率を追求すべきか、丁寧さを優先すべきか。これらの問題に直面したとき、決まった答えはない。両方の観点を理解し、状況に応じて最適な選択をする—これこそが意思決定なのだ。

これは読書にも当てはまる。単一の分野の本だけを読んでいては、複雑な現実に対処することは難しい。クリスチャン・マスビアウは著書『センスメイキング』で、現代社会における人文科学の重要性について論じている[11]。彼によれば、世の中を数字やデータだけで理解するのではなく、文化的背景や人間的要素も含めた総合的な視点が必要だという。様々な分野の本を読み、時には矛盾する見解にも触れることで、物事を多角的に捉える能力が養われるのだ。

6. 本稿の限界と今後の課題

本稿には、いくつかの限界もある。第一に、読書の価値は文化的背景によって大きく異なる可能性があることだ。欧米では個人の自立や批判的思考が重視される傾向があるが、東アジアでは集団との調和や既存の知識の習得がより重視される場合がある。このような文化的差異が読書の意味にどのような影響を与えるかは、今後さらに検討が必要だろう。

第二に、デジタル時代における「読書」の定義が曖昧になっていることだ。従来の紙の本に加えて、電子書籍、オーディオブック、ポッドキャスト、さらにはソーシャルメディアや動画での情報収集なども、広義の「読書」に含まれるのだろうか。これらの媒体が脳に与える影響や学習効果についても、まだ十分な研究が蓄積されていない。

第三に、読書と成功の間の因果関係を厳密に証明することの困難さがある。多くの研究が相関関係を示しているものの、読書が成功をもたらすのか、成功した人が読書をする余裕を持つのか、あるいは第三の要因(たとえば家庭環境や生活水準など)が両方に影響しているのか、この点については今後より精密な研究が必要だろう。

7. むすびに:三つの発見と読書の真価

本稿には、三つの重要な発見があった。第一の発見は、読書の価値を単一の尺度で測ることの危険性である。従来「読書=成功」という単純な図式で語られることが多かったが、実際には三つの異なる価値軸—社会的地位、知的成長、幸福の追求—が併存している。読書がどの軸にどのような影響を与えるかは、個人の価値観や置かれた状況によって大きく異なる。

第二の発見は、「知識の蓄積」から「意思決定力の育成」への認識の転換だ。重要なのは情報をたくさん集めることではなく、矛盾する複数の観点を理解し、状況に応じて適切な判断を下せる能力を育てることなのである。この能力こそが、予測困難な現代社会を生きていく上で最も必要とされるスキルだと考える。

第三の発見は、「個人の成功」から「意義ある事業への貢献」への価値観の転換だ。読書を通じて培われる知的成長は、自己の利益追求を超えて、社会的に価値ある事業に貢献する力となりうる。これは古代ギリシャ・ローマ時代から続く「リベラル・アーツ(自由学芸)」の本来の意味でもある。

最終的に、読書の効用は「役に立つかどうか」という功利的な基準だけで判断されるべきものではないと思う。読書の最も重要な価値は、人間が人間らしく生きるための基盤を提供することにある。つまり、他人に操られることなく、自分の頭で考え、自分の価値観に基づいて行動できる自由な存在であるための土台なのだ。これは単なる成功のツールではなく、人間の尊厳に関わる根本的な問題である。

もちろん、すべての人が大量の本を読む必要はない。幸福追求の軸を重視し、読書以外の方法で充実した人生を送る人々もいる。それも一つの立派な生き方だろう。しかし、複雑で変化の激しい現代社会において、読書が提供してくれる多角的な視点と深い思考力は、きっと多くの人にとって価値あるものだと信じている。大切なのは、読書を通じて何を得たいのか、自分なりの目的意識を持つことなのではないだろうか。



参考文献

  1. ロバート・H・フランク『成功する人は偶然を味方にする:運と成功の経済学』日本経済新聞出版社、2018年
  2. 文部科学省「平成25年度全国学力・学習状況調査」における読書活動と学力調査の関連分析
  3. 中室牧子「読書は子どもの学力を上げるのか?」リクルートマネジメントソリューションズ、2019年
    https://www.recruit-ms.co.jp/issue/interview/0000000387/
  4. ベネッセ教育総合研究所「子どもの読書行動の実態」2023年
    https://benesse.jp/berd/up_images/textarea/datachild/datashu04/datashu04_pdf.pdf
  5. Seligman, M. E. P. "Authentic Happiness: Using the New Positive Psychology to Realize Your Potential for Lasting Fulfillment" Free Press, 2002
  6. 「天才ビル・ゲイツに学ぶ 読書を“血肉”にするための5つのルール」日経ビジネス、2023年
  7. サーブコープ「起業家300人に聞いた読書習慣調査」2017年
  8. 「富裕層の読書習慣に関する調査」ファイナンシャルアカデミー、2020年
  9. 「ビル・ゲイツの攻めの読書術」STUDY HACKER、2024年
  10. F. Scott Fitzgerald, "The Crack-Up" in Esquire Magazine, 1936
  11. クリスチャン・マスビアウ『センスメイキング:本当に重要なものを見極める力』プレジデント社、2019年