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なぜ47%の従業員が昇進を避けるのか:「完璧主義の罠」の実態と脱却への道筋

デジック次世代教育研究所 Updated:2025.08.21 読み終える目安:9分
   
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目次

  1. はじめに
  2. 「完璧主義の罠」の発生メカニズム
  3. 現代社会が助長する「完璧主義の罠」
  4. 行動こそが最良の教師:デューイの洞察から学ぶ
  5. 内なる批判者を味方にする技術
  6. 事例研究:数量重視 vs 品質重視の効果検証
  7. 失敗の再定義:組織レベルでの課題と限界
  8. おわりに:不完全さを受け入れる勇気
  9. 参考文献

Abstract

This review explores why nearly half of employees avoid promotion, focusing on the psychological mechanisms behind the "perfectionism trap." Drawing on international survey data and examples from Japanese workplaces, it examines how high standards may hinder action, with social media amplifying these effects. Integrating insights from psychology and education, such as Dewey’s experiential learning and the “inner game” theory, it highlights actionable strategies for overcoming perfectionism. The review emphasizes learning through failure and advocates for organizational cultures that foster psychological safety, especially within Japan’s unique social context.


1. はじめに

「昇進したくない」と答える働き手が半数近くもいるという話を聞いて、筆者は最初、調査結果に何らかの誤りがあるのではないかと思った。しかし、2024年に人材サービス大手のランドスタッド社が世界34カ国・地域で実施した大規模調査では、アメリカの従業員の47%が実際に昇進を重要視しないと回答していたのである[1]。

この結果をさらに詳しく分析すると、その背景には「新しい役割を完璧にこなせないのではないか」という深刻な不安があることが明らかになった。つまり、本来なら成長への原動力となるはずの向上心が、皮肉にも新たな挑戦を避ける理由になってしまっているのだ。

このような現象は決してアメリカだけの問題ではない。日本の職場でも、優秀な人材ほど新しい責任を引き受けることを躊躇する姿をよく目にする。本稿では、この「完璧主義の罠」と呼ばれる現象について、心理学や教育学の知見を交えながら考察し、個人と組織が直面する現代的課題への対処法を検討してみたい。

2. 「完璧主義の罠」の発生メカニズム

なぜ高い理想を持つことが、かえって行動を妨げてしまうのだろうか。この不思議な現象を理解するために、まず「審美眼と技術の差」という概念を紹介したい[2]。

私たちは日常的に優れた作品や成果に触れ、自然と「何が良いものか」を判断する目を養っていく。美しい写真を見れば構図の良さが分かるし、優れた文章を読めばその魅力を感じ取ることができる。ところが、実際にそれと同じレベルの作品を自分で作り出す技術は、審美眼ほど簡単には身につかない。

この両者の間に大きな開きが生じると、取り組む前から「どうせ理想には程遠い結果になる」という予感に支配されてしまう。そして、その予感が現実となることを恐れるあまり、行動を起こすこと自体が困難になってしまうのである。

これは、脳科学の研究が明らかにした「目標代替」という現象と深い関連がある[3]。人間の脳は、行動を詳細に計画したり理想的な成果を想像したりする過程で、実際にその目標を達成した時と似たような報酬感を得ることが分かっている。言い換えれば、完璧な計画を練ることが実行の代替物として機能してしまい、本当に必要な行動が後回しになってしまうのである。

3. 現代社会が助長する「完璧主義の罠」

「完璧主義の罠」は、現代のデジタル社会においてさらに深刻化している傾向がある。ソーシャルメディア上には、過度に編集・加工された「完璧な」成果があふれており、成功に至るまでの試行錯誤や失敗の過程は意図的に隠されてしまう[4]。

たとえば、インスタグラムで見かける美しい料理写真の背後には、何度も撮り直しや調整を重ねた努力があることは想像に難くない。とはいえ、その過程は表に出ることがないため、閲覧者は「みんな最初から上手にできるのだ」という錯覚を抱いてしまう。このような環境下で育った世代は、困難や挫折に対する耐性が相対的に低くなりがちだ。メディア研究者のニール・ポストマンが指摘したように、現代社会は即座の満足を求める文化を作り出しており、本来必要である地道な学習プロセスの価値を見失いがちになっている[5]。

4. 行動こそが最良の教師:デューイの洞察から学ぶ

では、この罠からどのように抜け出せばよいのだろうか。ここで、20世紀初頭の教育哲学者ジョン・デューイの考え方が重要な示唆を与えてくれる[6]。

デューイは「経験による学習」の重要性を説き、完璧な準備や理論的理解を待つのではなく、実際の行動を通じて学習と改善を重ねることの価値を強調した。この考え方は、現代でも多くの教育現場や企業研修で採用されている実践的なアプローチである。たとえば、プレゼンテーション技術を向上させたい場合を考えてみよう。完璧主義に陥りがちな人は、まず話し方の理論書を読み、優れた演者の動画を研究し、詳細な原稿を用意してから初めて人前で話そうとする。しかし、デューイのアプローチでは、最低限の準備で実際に話し始め、その経験から得た気づきを次回に活かすことを重視する。

この違いは決して小さくない。前者のアプローチでは準備段階で膨大な時間を費やすことになり、実際の練習機会が限られてしまう。一方、後者では多くの実践機会を通じて、理論だけでは得られない貴重な学びを積み重ねることができるのである。

5. 内なる批判者を味方にする技術

テニス指導者として知られるW・ティモシー・ガルウェイが提唱した「インナーゲーム」理論も、完璧主義の克服に有効な手がかりを提供している[7]。

ガルウェイによると、私たちの内面には二つの異なる自己が共存している。「自己1」は批判的で完璧主義的な性質を持ち、常に厳しい評価や心配事を生み出す。一方、「自己2」は直感的で自然な性質を持ち、リラックスした状態で本来の能力を発揮することを可能にする。完璧主義の罠にはまっている人は、往々にして自己1が優位になっている状態にある。「うまくできるだろうか」「失敗したらどうしよう」といった心配に支配され、自己2が持つ本来の能力を発揮できずにいるのだ。

この状況を改善するためには、まず行動を評価や判断の対象とするのではなく、事実や具体的な内容に注意を向けることが重要である。プレゼンテーションの練習であれば、「うまくできたかどうか」を心配するより、「今日は15分間練習した」「声の大きさを意識した」「3回通しで読んだ」といった具体的な行動に焦点を当てるのである。

また、心理学の分野では、人間の脳が馴染みのあるパターンや繰り返される情報を優先的に処理する特性を活用した手法も開発されている[8]。この特性を利用することで、完璧主義的な思考パターンを建設的なものに変えることが可能になる。

具体的な方法として、まず達成したい行動目標を明確かつ測定可能な形で設定する。「毎朝20分の読書時間を確保する」「週に2回、30分のウォーキングをする」といった、現実的で継続可能な目標が理想的だ。

次に、その目標に関する「自己宣言」を作成する。この宣言は前半でアイデンティティの表明(「私は健康を大切にする人間だ」)を行い、後半でその理由(「なぜなら心身の健康が全ての基盤だから」)を述べる構造にする。この宣言を毎日声に出して読み上げることで、脳に対して強力な刷り込み効果をもたらすことができる。脳は他人の意見には反論しがちだが、自分自身の声に対しては反論しにくいという特性があるためだ。これは心理学で「認知的不協和の回避」と呼ばれる現象の応用である[9]。

6. 事例研究:数量重視 vs 品質重視の効果検証

ここで、従来の教育観を覆す興味深い実験結果を紹介したい。フロリダ大学の写真家であり教育者でもあったジェリー・ユルズマンが実施した、今では伝説的ともいえる実験である[10]。

ユルズマンは受講学生を二つのグループに分けた。「数量グループ」の評価基準は提出写真の枚数のみとし、100枚でA評価、90枚でB評価、80枚でC評価という明快な基準を設定した。一方、「品質グループ」の評価は、学期末に提出する1枚の写真の完成度のみで決定することとした。

常識的に考えれば、1枚の完璧な作品に集中する品質グループの方が優れた結果を出すと予想されるだろう。ところが、学期終了時の結果は多くの人々を驚かせた。最も優秀な写真作品の大半が「数量グループ」から生まれたのである。

数量グループの学生たちは、各作品に対する完璧性への執着が相対的に少なかったため、躊躇することなく様々な試みを繰り返すことができた。100回という多数の撮影機会を通じて、彼らは理想と現実の差を段階的に縮めていったのだ。構図、照明、タイミング、被写体との距離感など、写真撮影に必要な様々な要素を実践を通して身につけていった。

対照的に、品質グループの学生たちは理想的な1枚を追求するあまり、理論研究や構想に多大な時間を費やし、実際のシャッターを切る機会が大幅に減少してしまった。皮肉なことに、より良い作品を作ろうという完璧主義的な姿勢が、かえって技術向上の機会を奪う結果となったのである。

7. 失敗の再定義:組織レベルでの課題と限界

この実験結果は、私たちに「失敗」という概念の再考を促している。従来、失敗は避けるべき否定的な結果として捉えられがちだった。しかし、学習理論の観点から見ると、失敗は貴重な情報源であり、改善への具体的な手がかりを提供してくれる存在なのである[11]。

認知科学者のダニエル・カーネマンが指摘するように、人間は成功よりも失敗から多くを学ぶ傾向がある[12]。成功体験は気持ちよいものの、「なぜうまくいったのか」を詳細に分析する動機は比較的弱い。一方、失敗は不快な感情を伴うものの、「何が間違っていたのか」「次回はどう改善すべきか」を真剣に考えさせる力を持っている。したがって、完璧主義の罠から抜け出すためには、失敗を「学習機会」として再定義することが重要になる。失敗は能力の欠如を示すものではなく、現在の理解や技術の限界を明確にし、次のステップへの方向性を示してくれる貴重な指標なのである。

個人レベルでの完璧主義克服が重要である一方で、組織や社会システムがこの問題に与える影響も無視できない。多くの企業や教育機関では、依然として結果重視の評価制度が採用されており、試行錯誤のプロセス自体は評価されにくい現状がある[13]。

さらに、文化的背景も大きな影響を与える。日本のような「恥の文化」を基盤とする社会では、失敗に対する寛容度が相対的に低く、個人が試行錯誤を積極的に行うことが困難な場合がある[14]。アメリカの「罪の文化」では個人の責任が明確に区別されるのに対し、日本では集団への影響や周囲の目を過度に意識する傾向が強いのだ。

このような環境下では、個人の努力だけでは限界がある。組織全体で「心理的安全性」を醸成し、失敗を学習機会として捉える文化を根付かせることが必要になる[15]。とはいえ、組織文化の変革は時間のかかるプロセスであり、短期的な成果を求められがちな現代のビジネス環境では実現が困難な場合も多い。

もちろん、「とりあえず行動する」という姿勢が適切でない分野も確実に存在する。医療、航空、原子力といった安全性が最優先される領域では、十分な準備と慎重な計画なしに行動することは重大な結果を招く可能性がある。一方、完璧主義的傾向の強い人ほど、実は創造性においても高い潜在能力を持っている場合が多いということも分かってきた[16]。つまり、完璧主義を完全に排除するのではなく、その特性を建設的に活用する方法を見つけることが重要なのかもしれない。

8. おわりに:不完全さを受け入れる勇気

本稿で検討してきた「完璧主義の罠」は、現代社会が抱える深刻でありながら、同時に希望に満ちた課題でもある。なぜなら、この問題の核心にあるのは、私たち一人ひとりが持つ「より良くなりたい」という純粋な向上心だからである。

ユルズマンの実験が教えてくれるように、完璧な準備を待つよりも、不完全であっても行動を開始し、実践を通じて学習を重ねることが、結果的により優れた成果をもたらす。完璧さを目指すこと自体は決して悪いことではないが、その過程で行動を止めてしまっては本末転倒である。

私たちに必要なのは、不完全さを受け入れる勇気と、失敗から学ぶ姿勢、そして何より「今できることから始める」という実践的な知恵なのだ。完璧な解決策など存在しないからこそ、まずは一歩を踏み出すことから始めてみてはいかがだろうか。



参考文献

  1. Randstad. (2024). Workmonitor 2024: The Voice of Talent. 働き手の半数は出世よりもワークライフバランスと帰属意識を重視 2024年世界の働く意識調査
    https://www.randstad.co.jp/about/newsrelease/20240321-Workmonitor2024.html
  2. Glass, I. (2009). The Gap - Advice for Beginners. This American Life.
    https://www.thisamericanlife.org/extras/the-gap
  3. Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. (2006). Implementation intentions and goal achievement: A meta‐analysis of effects and processes. Advances in Experimental Social Psychology, 38, 69-119.
    https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0065260106380021
  4. Sherman, L. E., et al. (2016). The power of the like in adolescence: Effects of peer influence on neural and behavioral responses to social media. Psychological Science, 27(7), 1027-1035.
  5. Postman, N. (1985). Amusing Ourselves to Death: Public Discourse in the Age of Show Business. Penguin Books.
  6. Dewey, J. (1938). Experience and Education. Kappa Delta Pi.
  7. Gallwey, W. T. (1974). The Inner Game of Tennis: The Classic Guide to the Mental Side of Peak Performance. Random House.
  8. Bandura, A. (1991). Social cognitive theory of self-regulation. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 50(2), 248-287.
    https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/074959789190022L
  9. Festinger, L. (1957). A Theory of Cognitive Dissonance. Stanford University Press.
  10. Clear, J. (2018). Atomic Habits: An Easy & Proven Way to Build Good Habits & Break Bad Ones. Avery.
    https://jamesclear.com/marginal-gains
  11. Edmondson, A. C. (2011). Strategies for learning from failure. Harvard Business Review, 89(4), 48-55.
  12. Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.
  13. Dweck, C. S. (2006). Mindset: The New Psychology of Success. Random House.
  14. Benedict, R. (1946). The Chrysanthemum and the Sword: Patterns of Japanese Culture. Houghton Mifflin.
  15. Edmondson, A. (2019). The Fearless Organization: Creating Psychological Safety for Learning, Innovation, and Growth.
    https://www.hbs.edu/faculty/Pages/item.aspx?num=54851
  16. Stoeber, J. (2011). The dual nature of perfectionism in sports: Relationships with emotion, motivation, and performance. International Review of Sport and Exercise Psychology, 4(2), 128-145.
    https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/1750984X.2011.604789
  17. Eysenck, H. J. (1991). Dimensions of personality: 16, 5 or 3?—Criteria for a taxonomic paradigm. Personality and Individual Differences, 12(8), 773-790.
    https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/019188699190144Z
  18. Jung, C. G. (1969). The Archetypes and the Collective Unconscious. Princeton University Press.