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大学制度の起源と次世代教育への示唆:ボローニャ大学の歴史的検証から

デジック次世代教育研究所 Updated:2025.07.18 読み終える目安:10分
   
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目次

  1. はじめに
  2. 対立から生まれた学問の自由
  3. ボローニャ大学の教育革新
  4. 学生中心の教育運営
  5. 国際的な知識共同体の形成
  6. 現代教育への含意と課題
  7. まとめに代えて:未来の教育への展望
  8. 参考文献

Abstract

This review explores the origins of the University of Bologna, one of the world's oldest universities. It details how the institution gained its academic independence during the political conflicts of the Middle Ages. The study highlights innovative practices of the era, including a standardized education system and the groundbreaking decision to grant degrees to women. It also notes the student-led "universitas" system and the development of an international academic community. Ultimately, this historical analysis offers key insights for modern education, emphasizing the need for academic autonomy, social collaboration, diversity, and a focus on the learner. The main takeaway is that education systems must continuously adapt to social change.


1. はじめに

現代社会において、大学は知識創造と人材育成の中核的機関として不可欠な存在となっている。しかし、その歴史を振り返ると、大学という制度そのものが、実は中世ヨーロッパの政治的緊張関係から生まれた産物であることに気づかされる。

世界最古の大学とされるボローニャ大学は、1088年の創立と伝えられ[1]、900年以上にわたって教育機関として機能してきた。この大学の誕生とその後の発展を検証することで、現代の教育制度が抱える根本的課題について新たな視座を得ることができる。本稿では、ボローニャ大学の成立背景と教育革新について考察し、現代の高等教育制度に対する含意を探る。

2. 対立から生まれた学問の自由

ボローニャが大学発祥の地となった背景には、古代街道の結節点として多様な知識人が集まるという地理的優位性だけでなく、中世ヨーロッパの複雑な政治状況が深く関わっていた。

11世紀から12世紀のヨーロッパでは、神聖ローマ帝国の皇帝と教皇との間で激しい権力闘争が展開されていた。この対立の中で、1158年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ1世(バルバロッサ)がボローニャ大学に発行した「アウテンティカ・ハビタ」(Authentica Habita)と呼ばれる特許状は、学問の自由において画期的な意味を持った[2]。それはこの特許状により、学生と教師はいくつかの重要な権利を獲得した:聖職者と同等の自由と免責権、学習・教学目的での自由な移転権、学術的観点による報復からの保護、紛争時の法廷選択権である。

皇帝が知識人を取り込む政策を取ると、教会側も対抗措置を講じた。パリ大学をはじめとするヨーロッパの多くの大学が教皇庁から「スツディア・ゲネラリア」として認定され、皇権支持のボローニャ大学とは対照的な教会支持の教育機関として発展していった。この皇権と教権の対立が、結果的に大学に独特な地位を与えることとなり、どちらの勢力も完全には大学を支配できず、この権力の均衡状態が学問の相対的独立性を生み出した。大学は皇帝の政治的道具でもなく、教会の単純な下部機関でもない、第三のパワーとして成長していったのである。

このような歴史的経緯を踏まえると、現代の大学が特定の権力から一定の独立性を保つことの重要性が理解できる。学問の自由は権力闘争の産物として生まれたが、その価値は時代を超えて継承され、現代の高等教育の基盤となっている。

3. ボローニャ大学の教育革新

中世ヨーロッパでは従来、知識は修道院や職人の工房において師匠から弟子へと個人的に伝承されるものであったが、大学制度により知識の組織的な生産と標準化が可能となった。ボローニャ大学の革新性は、個別的で断片的な知識伝達から、体系的で標準化された教育システムへの転換にあったのである。

特に注目に値するのは、中世ボローニャにおける法学教育である。当時のイタリア各都市国家では商業の発展に伴い、法的サービスへの需要が急速に増大していた[3]。ボローニャ大学の法学部は、このような実社会のニーズに直接対応する形で発展し、今日でいう産学連携の原型を形成していた。このことは、教育機関が象牙の塔に閉じこもるのではなく、社会の要請に応える必要性を示している。

また、1237年にボローニャ大学が女性への学位授与を開始したことは、当時としては革命的な取り組みであった[4]。この歴史的事実は、現代の教育における多様性と包摂性の重要性を先取りしていたと言える。

しかし、こうした先進性を持ちながら、中世の大学教育には明らかな限界も存在した。教育内容は主として古典的な知識の伝達に留まり、実験的・実証的な学問方法論の発達は後の時代を待たなければならなかったのである。


ボローニャ大学の授業風景

1350年代のボローニャ大学の授業風景
A Bologna university class, 1350s.
By Laurentius de Voltolina - Staatliche Museen zu Berlin, Kupferstichkabinett / Jörg P. Anders.

4. 学生中心の教育運営

ボローニャ大学のもう一つの特徴は、学生が教授を雇い、大学の運営に主体的に関わるシステムにあった[5]。これは、教授や行政が教育内容を一方的に決定する現代の多くの教育機関とは正反対のアプローチである。

当時、学生たちは「ウニベルシタス」(universitas)と呼ばれるギルドを組織し、教授の選定、講義内容の決定、さらには教授の給与まで管理していた。このシステムには、教育の質を直接的な受益者である学生が評価・管理するという合理性があった。もちろん、このような学生主導のシステムが常に理想的に機能したわけではないことも付け加えておく必要がある。

現代の教育改革において、しばしば「学習者中心」という概念が提唱されるが、ボローニャ大学の事例は、そのような理念が決して新しいものではないことを示している。むしろ、現代の教育制度が学生の主体性を軽視する傾向にあることを反省する材料となるであろう。

5. 国際的な知識共同体の形成

ボローニャ大学は、ヨーロッパ全土から学生を受け入れる国際的な教育機関として発展した。当時の学生は、より優れた教育を求めて国境を越えて移動することが一般的であり、大学は国際的な知識共同体を形成していた[6]。このような国際性は、現代のグローバル化した世界においてより一層重要な意味を持つ。知識や技術が国境を越えて瞬時に移動する現代において、教育機関もまた国際的な視野を持つことが不可欠である。

しかしながら、中世の国際性と現代のグローバル化には質的な違いがあることも指摘しておかなければならない。中世の学者たちは共通のラテン語と知的伝統を基盤としていたが、現代はより多様な文化的・言語的背景を持つ学習者が共存する状況にあり、この違いを踏まえた教育制度の設計が求められる。

6. 現代教育への含意と課題

ボローニャ大学の歴史的検証から、現代の教育制度に対する重要な示唆を読み取ることができる。第一に、権力の多元化と学問の独立性の重要性である。単一の権力への従属を避け、複数のステークホルダー間でバランスを保つ制度設計が必要である。第二に、実社会との連携強化の必要性である。象牙の塔に閉じこもることなく、社会のニーズに対応した実践的教育を提供することが求められる。第三に、教育における多様性と包摂性の推進である。性別、社会的背景、文化的差異を超えた教育機会の平等化が重要となる。特にグローバル化が進む現代において、国境を越えた知識交流と協力が不可欠である。第四に、学習者の主体性を重視する教育システムの構築である。一方的な知識伝達ではなく、学習者が能動的に関わる教育環境の整備が必要である。

7. まとめに代えて:次世代教育への展望

ボローニャ大学の900年にわたる歴史は、教育制度が常に時代の要請に応じて変化し続けてきたことを示している。政治的対立から生まれた学問の自由、実社会のニーズに応える教育内容、学生主導の運営システム、国際的な知識共同体の形成など、その取り組みは現代の教育改革においても参考になる要素を多く含んでいる。

現代の教育においては、AIやデジタル技術の発展により、教育への外部からの介入が容易になっている。このような状況において、教育機関は特定の価値観やイデオロギーに偏らない、批判的思考を育成する教育の提供がより重要となってくる。

また、ボローニャ大学が早い時期から女性の教育機会を保障したことは、現代の教育における包摂性の重要性を先取りしていた。次世代教育は、性別、社会的背景、文化的差異を超えた教育機会の平等化がさらに重要な課題となるであろう。

最後に、本稿で検証したボローニャ大学の事例は、教育制度が決して完成されたものではなく、常に社会の変化に応じて進化し続ける必要があることを示したい。現代の教育関係者は、この歴史的教訓を踏まえ、未来の社会に相応しい教育システムの構築に向けて、継続的な改革と革新に取り組み、人間中心の教育の価値を再確認し、技術の進歩と調和した、より良い教育の実現を目指していくことが、我々の責務であると考える。



参考文献

  1. ボローニャ大学公式サイト. "History of the University of Bologna."
    https://www.unibo.it/en/university/who-we-are/our-history
  2. Haskins, Charles Homer. The Rise of Universities. New York: Henry Holt and Company, 1923.
    https://www.gutenberg.org/files/63574/63574-h/63574-h.htm
  3. Rashdall, Hastings. The Universities of Europe in the Middle Ages. Oxford: Clarendon Press, 1895.
    https://archive.org/details/universitiesofeu01hast
  4. Verger, Jacques. "Women in Medieval Universities." History of Universities, vol. 4 (1984): 137-152.
  5. Cobban, Alan B. The Medieval Universities: Their Development and Organization. London: Methuen, 1975.
    https://archive.org/details/medievaluniversi0000cobb
  6. Le Goff, Jacques. Intellectuals in the Middle Ages. Trans. Teresa Lavender Fagan. Cambridge, MA: Basil Blackwell, 1993.