Home - Topics -「次世代教育研究レビュー」No.14

大学における自発的学習を育む教育の可能性:老子思想と現代学習科学の統合的考察

デジック次世代教育研究所 Updated:2025.11.21 読み終える目安:10分
   
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目次

  1. はじめに
  2. 老子思想における「教育」の本質
  3. 自発的学習を育む教育と現代学習科学の接点
  4. 老子思想に基づく大学教育実践
  5. まとめ:老子思想の現代的意義

要約

本稿では、老子の「無為自然」の思想を、現代の大学教育に応用する可能性を探った。教員が細かく指示を出すほど学生の主体性が弱まることから、「水のように静かに支える」教え方を提案する。これは心理的安全性や自己決定理論など最新の学習科学とも整合し、本質的な問いを提示し、自ら探究する時間を確保する授業が効果的だと示される。一方で、自主学習に慣れていない学生への支援や大人数授業での運用など、今後の検討課題も残されている。


1.はじめに

大学教育の現場では昨今、学生の主体性の弱まりや学習意欲の揺らぎ、集中の持続困難といった現象が広く指摘されている。従来型の「教員が知識を与え、学生が受け取る」という単線的な授業モデルは、情報環境が激変した現代の学習者には十分に適合しなくなった。また、強制的な課題設定や高圧的な指導方法は、短期的には一定の学習成果を生み出すものの、長期的な内発的学習意欲を損なうことが実証研究の蓄積によって明らかになりつつある。このような状況において、古代中国思想における老子の「無為自然」が、現代教育を刷新するための理論的視座として再評価される必要がある。本稿では老子思想を教育学的に再構成し、現代の学習科学および大学教育の実践と照合しながら、強制しない教育の可能性と限界について検討する。

2.老子思想における「教育」の本質

『道徳経』には「治大国若烹小鮮」という言葉が見られる。これは大国を治めることは小魚を煮るようなものであり、過剰な手出しはかえって物事を損ねるという意味を持つ。教育に置き換えるなら、学習者の自然な学びの流れを妨げるような細かな指示や強制は、結果として理解や探究の深まりを阻害するという警鐘と解釈できる。また、老子が「上善は水のごとし」と述べるように、最良の在り方とは水のように目立たず、下に身を置き、必要な場所を静かに潤す柔らかい働きである。この考えを教育者の姿勢に重ねると、声高に知識を押しつける者よりも、学習者の自然な思考を妨げず、必要に応じて静かに支える者こそが、深い学びを引き出す存在であると理解できる。

ただし、老子が説く「無為」は、無策あるいは放任を肯定したものではない。老子の無為とは、不自然な干渉を排し、自然の流れを最大限に尊重するための高度な調整原理である。したがって教育者の役割は、何もしないことではなく、強制を必要としないような学習環境を事前に精密に整える点にこそ存在する。老子思想は、教育者の「姿勢」と「準備」の両方に深い含意を持つ。

3.自発的学習を育む教育と現代学習科学の接点

現代の学習科学においても、老子思想と同一の方向性を持つ知見が蓄積されている。まず、Amy Edmondson の心理的安全性の研究では、学習者が否定や叱責を恐れずに自由に発言や探究ができる環境は、深い学習と協働を促進することが示されている。これは、老子が説く「争わず、柔らかく導く」姿勢と驚くほど近い思想である。


また、Deci & Ryan による自己決定理論では、人間が学習にもっとも深く取り組むためには、自律性、有能感、関係性という三つの欲求が満たされる必要があるとされる。強制的な指示や管理は、このうち特に自律性を脅かし、内発的動機づけを低下させることが知られている。老子の「自然に任せる」という原理は、この自律性の価値を先取りしていたといえる。

さらに、認知負荷理論の観点からは、過剰な説明や手順の強制は外的認知負荷を増大させ、学習内容の理解を難しくすることが示されている。老子が「少なければ則ち得、多ければ則ち惑う」と述べるように、必要以上の情報提供は理解の障害になるという発想は、現代の認知科学とも符合する。

4.老子思想に基づく大学教育実践

大学教育に老子思想を応用する場合、授業の導入では本質的な問いを一つだけ提示し、それ以上の過剰な説明を避けるという方法が有効である。例えば「円安は本当に日本企業に好影響をもたらすのか」という問いを提示し、解説をあえて行わず、学生が自ら調べ、考え始める余白をつくる。この余白は、他者から押しつけられた問題ではなく、自らの探究として学びを開始する契機となる。

授業の中心では、学生自身が自由に調査したり、互いに議論したりできる時間を意図的に確保し、教員は必要なときにだけ静かに寄り添う水のような存在としてふるまう。このとき教員は、指摘や叱責を控え、学生が試行錯誤しながら発見を重ねていく流れを尊重することが重要である。

評価についても、大きな課題を強制し、短期間で成果を求める形式ではなく、授業で得た気づきを一つだけ言語化する小さなレポートや、短い自由調査の結果をまとめる形式が適している。老子が説くように、天下の難事は必ず易きに作り、天下の大事は必ず細なるより作る。大きな成果は目立たぬ小さな積み重ねの延長線上に位置しており、こうした柔らかい評価設計が内発的学習者を育てる基盤となる。

5.まとめ:老子思想の現代的意義

強制しない教育は、学生の主体的学習を促進し、学びの持続性を高め、深い理解を生み出す効果を持つ。さらに、学生同士の対話は自然と増え、教室全体の心理的安全性が向上するため、探索的な学習が生まれやすくなる。一方で、全員に均質な学習成果を求める制度とは相性が良くないことも確かである。また、自律学習の経験が少ない学生にとっては、自由度の高い授業が不安を生む場合もある。さらに、大人数授業では学生の動きを見通すことが難しくなり、効果的な支援のタイミングを見極めにくくなるという課題がある。したがって、強制しない教育には、高度な準備と状況判断が求められ、教員の力量が問われる側面も少なくない。

情報過多で不確実性の高い現代社会において、若者は自分自身の価値観を形成しながら、不安と並走しつつ生きている。こうした環境において、強制と管理による教育モデルは効果を弱めつつあり、むしろ強制のない自由な学習環境が、若者の主体的な成長を支える基盤になり得る。老子思想は、学習者の自然な意志を信じ、余分な介入を控え、水のように支える姿勢を説く。この柔らかい教育モデルは、AI時代の学習者支援、探究学習、プロジェクト型学習、ウェルビーイング教育など、次世代教育が目指す方向性と高い親和性を持つ。

老子は「天下の至柔は、天下の至剛を以て勝つ」と述べた。柔らかさこそが最も強く、深い影響をもたらすという逆説的な知恵は、成果主義と管理型教育に揺れる現代において、新たな指導理念を提供するものである。



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参考文献

  1. Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The “What” and “Why” of Goal Pursuits: Human Needs and the Self-Determination of Behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.
  2. Edmondson, A. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
  3. Sweller, J. (1988). Cognitive Load During Problem Solving: Effects on Learning. Cognitive Science, 12(2), 257–285.
  4. 蜂屋邦夫(2008)『老子』、岩波書店。